新宿の猫は発光するのだ。

こいつらは光る能力を手に入れた代償として、油断する資質を失ったらしい。常に周囲に注意し、自らのテリトリーを完璧に把握し、研ぎ澄まされた牙と爪で、捕食者として人間を一方的に虐殺する恐ろしい存在である。

JR新宿駅西口には、老朽化したビルが密集し建ち並ぶエリアがある。ここにはビルとビルの間を通る、細く長く広がった、謎に包まれた道が存在する。このエリアは”クレバス・アンダーグラウンド(裂け目の地下世界)”と呼ばれ、人間世界のいかなる権力も及ばない。

ここには数多くのクリーチャーが生息している。酸性雨を浴び続けアメーバ状に変形し知性も失った元人間、エリア内に発生した次元の裂け目から召喚された低級悪魔、新宿の闇に殺された無念を引き摺る怨霊、遺伝子異常で凶暴化した鼠。これらを強力な魔力で統率するのが、発光する猫たちなのである。

猫たちはそこを根城にし、支配者層として振る舞っている。元人間が深夜帯に金銭や光るものを収集し、低級悪魔が出入り口に結界を張り、怨霊は人間を襲いびっくりさせ、鼠がテリトリーを広げたり猫の食事になったりする。ビルの隙間に王国は建国されるのだ。

一方で、権力争いは全生物的な事象であるらしく、同種間での闘争も絶えない。熾烈なパワーゲームに敗れた猫は潰走し、追い出され、栄華の一切を失い、悲惨な路上生活を余儀なくされている。路上に放り出された途端、猫はクリーチャーを統率する能力と資格を失い、ただにゃあにゃあ鳴いたり逃げたりするだけの存在に成り果てる。

僕を隊長とする探検隊は、楽園を追われた猫たちを隊員とする組織で、藤岡弘探検隊に強い影響を受けている。

まとまりは全くなく、僕がハートマン軍曹の物真似をしながら演説したり訓辞をたれたところで、まともに耳を傾ける者は皆無である。おのおの、ゴミ箱を漁ったり、毛繕いをしたり、大声に驚いて逃亡したり、寝たりである。

相手の急所を一撃で切り裂けるよう、隊員の手を取り鋭く動かし、「こう、こうだ! こう、喉笛をブッタ切るんだ!」と実演指導するも、「フギー!!」「うわぁ!」と激高し隊長に牙を剥く始末である。

しかしながら、僕は未知への探求で、隊員たちは権力の奪還で、まとまりは皆無で目的は違えど、我々は一枚板なのだ。毎夜の路上でのビールや牛乳やツナ缶を囲んでの会議。「この道はどこに繋がってるんだ?」「みゃあ」といった綿密な隊員たちへのリサーチと資料作成。帰還を最優先とした危険極まりない斥候。これらの活動により、上述したような新宿の秘密を多少なりとも握ることができた。

未だ、クリーチャーや敵猫(てきねこ)との敵領域での遭遇は無く、実戦経験が皆無なのが不安要素だが、保有する情報量においては我が軍が圧倒的である。よろず物事は準備で全てが決まる。負ける要素は見あたらない。都会のど真ん中に築かれた猫たちの王国を蹂躙する日が楽しみだ。

侵略が為ったその日、僕は、西新宿の猫の王として君臨するのである。王国名を今から考えておかねばなるまい。