再掲


職場の若い子にDVDや本を乱発気味に貸し、それらの背景にある一貫した流れを少しずつ示唆することにより、極秘裏に僕好みに、簡単でささやかな思想教育を施しています。その甲斐あってか先日、「中野ブロードウェイに連れていってほしい」と向こうから頼んできました。S・O・T・K(スタイリッシュ・オタク)の急先鋒たる僕としては断る理由も無く、中野デートといそしんだのでした。

過剰に晴れた小満の午後でした。彼女はまるで代官山にでも行くかのようなお洒落な格好に身を包み待ち合わせ場所に現れました。今から向かう場所への屈託の無い無警戒さに、僕の眉間はゆがみ、色濃くたしなめの色を帯びました。が、言葉にはしません。五分後には痛感することだろう、と「可愛いね」と言うに留めました。剥離は自ら悟るしかありません。

館内に到着すると、雰囲気が一変し、瞬時に訳が分からなくなりました。その瘴気とも清浄とも取れる空気に困惑する彼女を引き連れ歩き回りました。

「ここがまんだらけだよ、あらゆる、そう、あらゆるカテゴリーのまんがが集められており、その数は二万冊は下らないだろうね、あらゆる、っていう意味は分かるかい、あるいは網羅は? こういうことを言うんだよ」
「ここがレコミンツだよ、非常にナイスな品揃えのイカして狂ったCD&DVDショップさ。僕は暇さえあればここでDVDを物色しているのだよ」
「ここがタコシエだよ、きみが生まれた頃から今に到るまで前衛を貫き続けているソリッドな本屋だよ」
「ここがメイドゲームセンターだよ、全然、何もかも、意味が分からないね」
「ほら!四階の構造の訳の分からなさはまるで初期の女神転生のようだよ!ほら!見るんだ!!」

などと暗雲魍魎蠢く未知の世界を案内し、キュートなあの子が呆然としている中、矢継ぎ早に新しい混乱を与え続けました。なるべく、目の前に展開される新しい価値観と世界について、理解、整理する時間は与えないようにしました。各店舗内では、興味を示したものを自分の知識の限り、簡潔にあるいは粘質に説明し、英才教育に力を注ぎました。最終的には、ここではとても書けないようなスペシャルな本を置いているハードコアな店に置き去りにし慌てさせるなど、僕らは非常に有意義な時間を過ごしました。

館内を一通り案内したのち、僕はこう言いました。

「一時間あげるから好きなものや気になったものや何かに引っかかったものを探したり買ってくるといいよ、僕も好きなものを探しに行くよ、きみはこれから一時間、完全に自由だ」

解放後、どうしたら良いのか分からないままにふらふらと歩いていく晴朗なあの子を尾行しようと思ったのですが、さすがにそれは悪趣味に過ぎるだろう、と見送るに留めました。まぁ、僕には既に、どこまでが悪趣味の境界線なのかが分からなくなっていたわけですが……。加え、尾行に及ばなかった理由を強いて挙げれば、シュレディンガーの猫でしょうか。僕が観察した結果、ヴィヴィッドなあの子の自由意志による行動に影響が出てしまうのでは、これはいけません。僕は、一定の筋道を示し、ある程度の示唆をほのめかすだけです。結果は、あるがままに任せるのみです。結果はさほど重要ではない、という僕の美学に基づいた、という答えも出せるかもしれません。

ともあれ、夏よりは秋が似合うあの子が何を買ったのかは知りませんし、聞きませんでした。何かを買っていたようですが、一切、訊ねませんでした。向こうは何故聞かないのか不思議そうでしたが、けっして興味が無いわけではなく、何らかのいびつな理由からであることは察してもらえたようでした。聡明な子です。

そうこうしていると外はもう暗がりを見せ帷が降りていましたので、吉祥寺に移動し、食事と少しばかりのお酒を嗜み、話をし、僕は中央線の東側に、ひとつに束ねた髪の毛が素敵なあの子は西側に、それぞれ別れました。